ニューワールドにおけるスペインの足跡

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ワインに関して
ニューワールドにおけるスペインの足跡を少し見てみたい。

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400周年が祝われている慶長遣欧使節がスペインにやってくるよりも1世紀
ほど前、大航海時代、新大陸の発見により領地を広げ「スペイン帝国」と
まで呼ばれた時代(今のスペインからは考えられない勢いだ、苦笑)があった。

そんなわけでスペイン人がニューワールドのワイン造りの歴史において
果たした役割は少なくない。

スペインの征服者と共に渡ってきたカトリック宣教師の手によってブドウの
苗木がアメリカ大陸に持ち込まれたのが始まりだ。
宗教にはワインはつきもの。
苗木を大量に送り、ブドウ栽培、醸造が現地で広まった。

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最初にブドウの苗を持ち込んだのは
1552年、アステカ帝国の支配者エル
ナン・コルテスだったそう。

そうして16世紀、メキシコの他地域や
カリフォルニアなど西岸にブドウ栽培
広まっていく。

16世紀後半には更に、ペルー、チリ、
アルゼンチンへと広がっていく。
これらの地は山の斜面に畑があり、既に
灌漑設備などのインフラも整っていたた
め、普及に拍車がかかった。


しかしスペインは自国のワインを新大陸に送り、代わりに金銀と交換することに
関心があったため、その保護のため、チリやペルーでのブドウ樹の植樹や
醸造を時の国王フェリペ2世は禁止してしまう。
この禁制は18世紀まで続いたそうだが、一度始まったもの、需要あるもの、
勢いは止まらず、ほとんど実行されず、特にチリのブドウ栽培はスペイン本国の
意向を無視するような形で拡大の一途を辿り、新大陸における最初で最大のワイン
産地となった。

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スペインから持ち込まれたブドウ
品種がチリではパイス、シノニム
でアメリカにはミッション、そし
てアルゼンチンにはクリオー
ジャ・チカとして残る。

この品種、病虫害に強く丈夫で、
現在でも広く栽培されている。
ワインの他に蒸留酒ピスコの原料
ともなっているのだそう。
確かではないけど、スペインでは
リスタン・ネグロだそう。
カナリア諸島に比較的多く栽培さ
れている品種。
カナリア諸島は新大陸発見への経由地として様々な交易の中継地となっていた
から、ロジカルではある。

pedrojimenez.jpg

ペドロ・ヒメネスもアルゼンチン、チリ、
オーストラリア、南アフリカなどで栽培
されている。スペインのペドロ・ヒメネ
スとニューワールドのそれの関係性は
はっきりしたことはわからないみたいだ
けど、ペドロ・ヒメネスは実はカナリア
諸島原産という説もあり、そこからリス
タン・ネグロのように新大陸へと渡った
のはうなずける。

その他、オーストラリアではアルバリー
ニョが栽培されたり(でもDNA的には
違うとも)、スペイン品種が様々な国で
息づく。

そういうブドウのルーツを知りながら色んな国のワインを愉しむのもまた一興だ。

vinotheque.jpg


追記:
ちょうどヴィノテーク誌の今月号がチリ特集。
これまでの産地区別を、自然条件の違いを
明確により細分化。テロワールを重視し
土地ならではのワイン造りの動きがどん
どん出てきている。パイス種を見直す動き
も盛んになるなど、チリが熱いようだ!
行ってみたいわ~。


追追記:
パイス種のもとはリスタン・ネグロと書き
ましたが、リスタン・ネグロではなく、
リスタン・プリエトという品種なのだ、
とある造り手の方が言っていました。
よく間違われてるんだけど、と。
確かなところはどうなのでしょう。(2015.05.18)




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コメント(1)

以前、池袋のエスペルトでご一緒させていただいた日向です。

不思議に思っていることに、パイス種のフィロキセラ耐性です。

このヴィニフェラ種、旧世界から新世界に渡ったのが、接木の対処法が見つかる前です。

ヴィニフェラ種ですか?それともヴィニフェラでもフィロキセラ耐性があるのですか?はたまた、フィロキセラのいない所にたまたま植えられたのですか?

たしか、フィロキセラは、アメリカ中央部にしかいなく、1890年頃にカリフォルニアもフィロキセラにやられたとの話も聞きました。

何かご存知であれば教えてください。

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